東京主僕教会の最近一か月の説教など

礼拝に来ることができなかった方、教会に関心のある方のために牧師が作成しています。どうぞ、礼拝にも来てみてください。

説教要約

2017年9月10日主日礼拝説教要約

「小さな者を愛される神」マタイ18・10-14 讃美歌21の200番の「小さいひつじが」は日曜学校で昔から歌われてきた讃美歌ですが、よく覚えている方も多いと思います。子供の時、迷子になったり、独りぼっちになったことがあり、その時のことをよく…

2017年9月3日創立60周年記念礼拝説教要約

「神の言葉の自由」エレミヤ36・22-32 東京主僕教会の1957年9月からの礼拝の60年の歴史は、聖書のみ言葉、神の言葉が今は召された会員の方々を含め、私たちを生かし、命を与え、働いてきた歴史である、ということができます。 今、1957年とは時代の状…

2017年8月27日主日礼拝説教要約

「新しい契約の約束」エレミヤ31・31-34 イスラエルの人々の捕囚の出来事はイスラエルの歴史の中で最悪の出来事です。最大の失敗、最大の挫折、最大の試練、最も深い絶望の時でした。誰にでも失敗や挫折があります。

2017年8月27日主日礼拝説教要約

「新しい契約の約束」エレミヤ31・31-34 イスラエルの人々の捕囚の出来事はイスラエルの歴史の中で最悪の出来事です。最大の失敗、最大の挫折、最大の試練、最も深い絶望の時でした。誰にでも失敗や挫折があります。

2017年8月6日礼拝説教要約

「生ける水の源」エレミヤ2・4-13 13節の「こわれた水溜めを掘っている」という言葉は場所や時代をこえて、人生の歩み、生き方を見つめ直す視点を与えてきました。今、こわれた水溜めを掘っているように生きていないか、と。自分は、こわれた水溜めを掘…

2017年7月30日礼拝説教要約

「エレミヤの召命」エレミヤ1・1-10 エレミヤは神さまから人々に告げるようにと預かった言葉をそのまま人々に語っていく使命を与えられました。私たち一人一人誰一人例外なく神さまから使命を与えられて生かされています。 エレミヤがまず聞いた言葉は…

2017年7月23日礼拝説教要約

「麦と毒麦」マタイ13・24-30、36-43 先日、医師の日野原重明さんが105歳で召されたことが報道されました。希望をもつ、ビジョンをもつことが必要であり、希望によって生かされていくことをよく言われていたと思いますが、この日野原さんが心…

2017年7月17日主日礼拝説教要約

「種を撒き続ける神」マタイ13・1-9、18-23 突然起こった九州北部の豪雨は大きな被害をもたらしました。関係者の方によれば、「5年前にも豪雨があり、覚悟していたけれども、被害は予想以上だった」というコメントもありました。

2017年7月9日礼拝説教要約

「疲れた人はわたしのもとに来なさい」マタイ11・25-30 徳川家康は「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」という有名な言葉を残しました。人生は辛く、そもそも不自由にできているのだから耐え忍ぶことが必要だ、人生は修行である、という意…

2017年7月2日礼拝説教要約

「神に愛されている者として」マタイ10・26-31 私たちは不安や恐れに囲まれて生きています。恐れのない人生はなく、不安のない人生はありません。イエス様から一人一人の生活の場へと送り出されている私たちには、クリスチャンであるからといって、恐…

2017年6月25日礼拝説教要約

「約束を実現してくださる神」マタイ9・9-13 イエス様と徴税人マタイの出会いは本当に短く書かれています。なぜ徴税人という仕事をすぐに辞めて従っていくことができたのか。深い悩みがあったのかと思えます。けれどもその心の心理的な動きは何一つ書か…

2017年6月11日礼拝説教要約

「神にかたどって創造された」創世記1・26-31節 「我々自身は自分自身にとって神秘的である。我々は理性的であって非理性的であり、文明化されておりながら、野蛮である。親密な友情を結ぶことができると同時に、人を殺すほどの敵意を抱くこともある。…

2017年6月4日聖霊降臨日礼拝説教要約

「生きた水の流れ」ヨハネ7・37-39 「渇いている人はだれでもわたしのところに来て飲みなさい」。好きな方も多いみ言葉です。しかし「渇いている人」とはどのような人なのでしょう。

2017年5月21日礼拝説教要約

「私たちはみなしごではない」ヨハネ14・15-21 私たちの人生には、自分に起こってくること、自分の身近に起こってくることで動揺し、心が不安に包まれることがあります。神はおられるのか。孤独を感じ、希望をもつことが難しく思えることがあるかもし…

2017年5月14日礼拝説教要約

「私たちの道であるキリスト」ヨハネ14・1-14 今年の9月「アメイジング・ジャーニー-神の小屋より」という映画が上映されます。この映画の案内によれば、1月に映画化された遠藤周作の「沈黙」の問いへの答えとなる映画だと宣伝されています。

2017年5月7日礼拝説教要約

「良い羊飼い」ヨハネ10・1-10 このヨハネによる福音書の10章は9章から始まる物語の締め括りです。イエス様によって目の見えなかった人が目を癒されて、イエス様のことを神のもとから来た救い主だと言ったのを、ファリサイ派の人々は受け入れられま…

2017年4月30日主日礼拝説教要約

「復活の主の愛に生かされて」ヨハネ21・1-19 弟子たちはガリラヤへ行っても、復活された主に会えず、意気消沈し、とりあえず、かつてそれで長年生計をたててきた漁師としての自分の経験を活かし、一度は捨てたはずの網を手にして、出て行って、船に乗…

2017年4月23日礼拝説教要約

「わたしの主、わたしの神よ」ヨハネ20・19-31 上野の東京都美術館で行われていたブリューゲル「バベルの塔」展では、家庭用のこたつテーブルよりも小さなキャンパスにバベルの塔を描き、その周囲に当時の山、農園、家、海、港や船なども細かく描き配…

2017年4月16日復活祭礼拝説教要約

「あの方は死者の中から復活された」マタイ28・1-10 イエス様が復活された出来事は本当だろうかと思えても不思議ではありません。しかし、この出来事が作り話ではないと思えるのは女性達が重要な証人となっているからです。

2017年4月2日礼拝説教要約

「神が涙を流される時」ヨハネ11・28-44 「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(25,26節)。葬儀を司式する時、