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東京主僕教会の最近一か月の説教など

礼拝に来ることができなかった方、教会に関心のある方のために牧師が作成しています。どうぞ、礼拝にも来てみてください。

2017年3月5日礼拝説教要約

説教要約

「誰が責任を負っているのか」マタイによる福音書4章1ー11節

 

 6年前の東日本大震災が起こった時、驚くような揺れを経験し、大変な映像を見つめていくなかで、多くの人々の命が失われ、混乱が続きました。その爪痕は今も残り続けています。イエス様が「神の子なら」と繰り返し問われたように、私たちも本当に自分は神の子なのか、神は本当に自分を愛し導いて下さっているのか、この世界をどう考えたらよいのかと思わされるのです。そのことに対する答えがイエス様の荒れ野の誘惑です。

  第一の悪魔の誘惑はイエス様が40日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた時に襲いました。空腹の絶頂を迎え、心身が一番弱くなった時、まさにその時を狙って、イエス様を誘惑しました。石をパンに変え、自分の空腹を満たすことは、神の子としての救いの力を、自分の空腹を満たし、自分を救うために使うことを意味しています。しかし、イエス様は、人がパンだけによって生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる、神の御心を示す神の言葉を土台にして人生を生きるのだ、と言われるのです。その神の御心は御自分を救うことではなく、御自分をとおして全ての人に命をもたらすことでした。それほどまでに私たちを見捨てることなく、愛して下さっています。何が起こったとしても、どんな時も私たちを救う神の愛は揺らぐことはないのです。

 

 しかし、悪魔は今度はイエス様の神の言葉への強い信頼、その崩れることがないとしか思えない強さをめがけて襲ってきました。聖書には「『あなたの足が石に打ち当ることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いている」。けれども、イエス様はこの誘惑を退けられました。「あなたの神である主を試してはならない」。悪魔の提案は、神が本当に御言葉を実現するように、自分から神さまにその約束を実現するように迫りなさいというものでした。しかし、それは、神を自分の願いに従わせ、自分を神とし、神を自分の僕とすることです。神はどこまでも私たちに御言葉を実現してくださる神であり、神は私たちの主人であり、この世界の主人です。この世界と私たちに責任を持って、導いて下さいます。このことが希望なのです。

 

 悪魔は、今度は正面から全力でイエス様を襲って誘惑してきます。今この場でほんの少しの時間でもいいので悪魔を拝むなら、今すぐにこの世界の繁栄の全てを与えようと言われました。最大の誘惑です。それはこれから経験していく御受難の道、十字架と復活を省いて、今すぐに救い主になるようにとの提案なのです。しかし、イエス様はこの誘惑を拒否し、この罪と悲惨、苦しみのあるこの世界に命の道を開き、神の救いの完成を始めて下さいました。私たちが神のもの、神の愛する子供であることを明らかにして下さいました。そのために、神を愛し、神にのみ仕え、御受難と十字架の道を歩んで下さったのです。

 

 誘惑に直面する時、自分の弱さを思い知らされます。けれども、その弱さを受け容れ、キリストを仰ぐ時、支えられ、強められていくことができます。私たちは弱くとも、私たちをご自分のものとしてくださるキリストは強いのです。神の言葉を人生の土台として携え、神の愛の救いの御心に心を開いていくことが私たちの受難節の始まりなのです。

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