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東京主僕教会の最近一か月の説教など

礼拝に来ることができなかった方、教会に関心のある方のために牧師が作成しています。どうぞ、礼拝にも来てみてください。

2017年3月19日礼拝説教要約

説教要約

「希望は失望に終わらない」ローマ5・11

 

 パウロの人生には鞭打ちや迫害、飢えや渇き、貧しさ、日々迫る厄介事、実に様々な困難がありました。今日の聖書の御言葉は、その困難の連続であった人生を振り返りながら、なおその中で自分の人生を支え生かしてきたものは何か、失望に終わることのない希望があることを確認して伝えています。様々な希望をもって歩む私たちの人生を包み、支え生かしていく、失望に終わることのない確かな希望、大きな希望があるのです。

 

 「私たちは信仰によって義とされた」。しかし、信じるとはどういうことでしょうか。それは4章によるならば、神さまが私たちを救う約束を与えて下さったこと、その約束をイエス・キリストの十字架と復活によって実現してくださったことを信じることです。そしてその独り子のイエス・キリストを与えてくださったほど、神さまが私たちを信じ、愛して下さっていることです。この神さまの愛を信じる時、神によって受け入れられている者として、神との平和に包まれます。神が私たちを受け入れ、いつも味方として共にいて下さる。その平和の中に包まれて立っています。

 

 そして、神さまは御子イエス・キリストと一緒に全てのものを私たちに与えるため、神の栄光に与らせるため、どんな時も私たちと共にいて生きて働いて下さっています。私たちを愛し、私たちと共にいて下さる神が、私たちに御子と一緒に全ての恵みに与からせるために、救いの約束を完成するために、今も見捨てずに私たちの手を取り生きて働いて下さっています。だからこそ、今、思うにならない現実があっても、日々迫る厄介事があったとしても、その中で、この神さまの働きに、私たちと共に働いている神さまの御業があることに希望を持つことができるのです。

 

 このどんな状況にも働いている神さまの働きがあるからこそ、パウロは3節の「そればかりでなく、苦難をも誇りとします」と言うことができました。苦しみに直面し、心身共に疲れ果て、生きる希望さえ失って、押しつぶされてしまいそうになる時があります。苦難それ自体がよいものである、とは思えません。けれども、その苦難でさえ誇りとし、喜びとする、と言うことができるのは、私たちと共にいてくださる神さまが与えて下さっている恵みが大きいからです。私たちの救いを完成する神さまのご計画はどんなものも妨げることができません。神さまの御業、神さまの恵みがあまりにも大きいので、逆境の中で、私たちを苦しめる力、罪の力、悪の力でさえ、私たちを強めることができるのです。

 

 苦難の中でキリストの平和、神の愛に支えられ、忍耐していくことができます。神の愛に生かされて神の愛をもって生きる者になります。聖霊がキリストの十字架へと私たちを導き、神の愛がどんな時も揺らぐことがなく注がれていくことを示して下さいます。どんなものも神の愛から私たちを引き離すことはできません。この神の永遠の愛があるからこそ、希望があり、逆境に立ち向かう力を与えられていくのです。この希望は決して失望に終わることはありません。

 

 私たちはこの神の愛を信じ、栄光に与かる希望によって支えられ生かされていく人生へと招かれているのです。

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