東京主僕教会の最近一か月の説教など

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2017年8月27日主日礼拝説教要約

「新しい契約の約束」エレミヤ31・31-34

 

 イスラエルの人々の捕囚の出来事はイスラエルの歴史の中で最悪の出来事です。最大の失敗、最大の挫折、最大の試練、最も深い絶望の時でした。誰にでも失敗や挫折があります。

 

自分の力ではどうすることもできないことに直面し、絶望する時があります。しかし、どんな時にもその私たちを慰め、支え、希望を与えていくのが、神さまによって与えられた新しい契約なのです。

 イスラエルの人々には罪について全く弁明の余地はありません。しかし、それにもかかわらず、神さまはその民を見捨てず、一方的に「新しい契約」を彼らと結ぶ、と言われます。神さまは人々をあきらめたくないのです。罪と死の支配の中に放っておきたくないのです。しかし、だから、と言って、神さまに背こうとする心を大目に見て、そのまま受け入れることはできません。神さまを信じ、神さまに従っていくことが、本当の命を得て、幸いに至る道だからです。

 そこで、神さまがとったその罪に対する解決が、神さまが人の心を自ら変える、という奇跡でした。神さまがどんなに言っても人々ができなかったこと、それを神さまがご自分で行うと言われます。「すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す」。律法は人間を外側から規制するのではなく、人間の内側、人間の心に刻まれて、人はそれを自発的、自然に感謝をもって守らざるを得ないように神さまは変えてくださるのです。それは人間が自分の力ではできないことでした。神さまと出会い、神さまに信頼し、従って、神の道に生きる者に変えられていくのです。

 大事なことは、この新しい契約、神さまと私たちの関係を根底から支えるものが罪の赦しであるということです。神との契約を自分から破ってきた罪、だから罰するのではなく、その「彼らの悪を赦し、再びその罪を心に留めることはない」と言われます。神さまはこの赦しによって、人間が破り、破棄した契約をご自分から結び直し、神のものとして新しい歩みを始めさせてくださるのです。神ご自身が心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして愛し、赦し、導き、回復してくださる。このように、砕けて倒れ伏してしまうイスラエルを命がけでご自分を傾けて、愛し、赦し、回復してくださる神さまの恵みが明らかにされています。私たちがどんなに神さまに背き、神さまを見失っても、神さまは私たちを見失うことはありません。どんな時にも私たちを命がけで探し出し背負い救い出し導いてくださる神なのです。この赦しがあるからこそ、人は神に信頼し従っていくことができるのです。エレミヤはこの愛と赦しを受けとって、神さまを信頼し、従うように招いています。この神の赦しが人を変えていくのです。

 最大の失敗、最大の挫折と言えるものを経験した者を耐えさせ、慰め、回復することができるのは、キリストにおける神によって示された愛と赦し、慰めと励まし以外にはありません。私たちは礼拝を通してこの神の赦し、神の大いなる肯定の中に立っていく時、イエスとノーの渦巻く厳しい葛藤の現実の中で、疲れ果てず、あきらめず、投げ出さず、勇気をもち、希望をもって耐え、創造的なものを生み出していくことができるのです。