東京主僕教会の最近一か月の説教など

礼拝に来ることができなかった方、教会に関心のある方のために牧師が作成しています。どうぞ、礼拝にも来てみてください。

2018年2月11日礼拝説教要約

2018年2月11日 主日礼拝 説教要約

「大切なことは目に見えない」マルコ2・1-12

 

 誰もが「大切なものは目に見えない」(『星の王子さま』)と言われて育ってきました。しかし、成長し、受験して、仕事をしていくと、いつの間にか、人からは目に見える実績と数字を求められ、自分自身も目に見える評価を求めるようになります。目に見えるものを確かなものとして人を見て判断してしまう時があります。

  けれども、人生には目に見えないけれど、大切なものがあるのです。

 まず中風の人を連れてきた四人の人々の思いこそ「目には見えない大切なもの」とみることができます。けれども、人の家の屋根を破壊し、病人をつり降ろした四人の行動は尋常な行動とはいえません。「中風」は、今でいえば脳梗塞脳卒中脳出血などの後遺症によって身体にしびれや麻痺がある状態です。この人を見て、周りの人々は、イエス様に何とか出会わせたい、そこで何か起こるかもしれないと期待し、その時は今ここでしかない、そう思って、屋根を破壊して連れてきたのです。信仰の本質は、「イエス様のもとに行きたい。イエス様のもとに連れて行きたい。たとえ屋根を壊してでも」。このことが大事なことなのです。

 けれども、イエス様は「あなたの病は癒される」ではなく、「あなたの罪は赦される」と言われたのです。当時、原因のわからない病気はすべて罪が原因であると思われました。本人や親が何か悪いことをしたから罰を受けて、病気になったとみなされて、人から遠ざけられ、差別されたのです。これまで、この人がどんなに白い目でみられ苦しんできたことか、はかり知ることはできません。

 人は病気であれば癒しを求めます。欠乏があれば、満たしを求めます。苦しみがあれば、解放を求めます。これらはすべて、この世に生きていく限り、必要なことです。しかし、人生の終わりの時、この世界の終末、終わりの時には、その全てが必要なくなります。その時、問われるのは、神さまとの間が平和であるかどうかであり、神さまとの間に和解があるかどうかです。

 イエス様が与えてくださる救いは神との平和であり、神との和解です。そのために、その和解を妨げ、神から遠ざけていく罪が取り除かれねばなりません。だから、たとえどんなに人から批判されても、罪の赦しを与えてくださり、この後、神と和解させ、神との平和を与えるために全ての人の罪を負い、十字架で死なれ、復活されたのです。私たちは神によって裁かれているのでも、罰せられているのでも、呪われているのでもありません。神さまに愛され、赦され、受け入れられ、「子よ」と呼ばれ、神さまの愛する子供とされ、神さまに祝福されています。この神さまが私たちをこれからも必要として用いてくださり、導いてくださいます。目に見えない大切なもの。それは、イエス様の愛と赦しであり、そのイエス様が共にいてくださることです

  イエス様は本当に小さな私たちを愛し、赦し、受け入れてくださる神であり、どんなに小さなことも、どんなに小さな祈りも、それを用いてご自分をあらわして恵みを与えてくださる神です。「神は細部に宿る」神。このイエス様を信じ、心に覚える人々が主に導かれるように祈りつつ、愛する神の子とされていることに希望をもって歩んでいきたいのです。

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