東京主僕教会の最近の説教など

礼拝に来ることができなかった方、教会に関心のある方のために牧師が作成しています。どうぞ、礼拝にも来てみてください。

2018年4月8日礼拝説教要約

「あなたがたに平和があるように」ヨハネ20・19-23

 

 C.S.ルイスが書いた『ナルニア国物語』の「ライオンと魔女」に王のアスランというライオンが登場します。

  アスランは、ナルニアに迷い込んだ兄弟に代わって、死を引き受け、殺されてしまいます。けれども、アスランはよみがえり、魔法で石の像にされた人々に息を吹きかけると、死んでいた人々がよみがえります。ルイスは、このアスランのように、復活したキリストこそ、人を支え、新しい命に生かし、立ち上がらせていく力があることを伝えています。この物語の土台がこの聖書のみ言葉なのです。

 復活されたイエス様と出会った弟子たちは、家に幾つもある扉に鍵をかけ、閉じこもっていました。これまで従ってきたイエス様が捕えられ、十字架の上にはりつけにされて、死んでしまった。自分たちも捕らえられ、殺されるかもしれない。イエス様を何度も裏切ってしまった。自分に自信がもてません。その心には、将来に対する恐れ、人に対する恐れ、そして、自分に対する恐れがあります。その恐れの中で自分の確かな居場所を見つけようとして、家の戸に次々と鍵をかけ、最後に心の扉に鍵をかけたのです。

 私たちも身も心も縮む思いをし、心の扉に鍵をかけ、心に不安が渦巻く時があります。けれども、そこには必ず突破口が開かれ、命の道が拓かれています。十字架で死なれたイエス様が復活して、出会って下さっているからです。復活されたイエス様は、不思議な仕方で、弟子たちの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われました。そして、十字架の苦しみの傷跡の残る手と脇腹を見せられました。イエス様は弟子たちを問い詰め、叱ったり、弟子たちをけなし、見下すことはありません。ただ「あなたがたに平和があるように」と繰り返し語られます。それは愛と優しさに満ちた言葉でした。「もう恐れなくてよい、悲しまなくてよい。私はあなたたちのありのままを受け入れ、赦し、今、共にいる。これまでも、今も、これからも共にいる。だから、恐れないでよい」。

 死の力に勝利した主が共におられ、神が共にいてくださることによる平安が弟子たちを包みます。居場所を見つけようと探し続けてきて、見つけられなかった、その弟子たちは、はじめて、「ここで安心していていいのだ」と、本当の居場所を見つけたのです。復活されたイエス様が与えてくださる平和は、神さまがご自分の御子の命を犠牲にしてまでも、私たちを愛し、全ての罪を赦し、ありのままを受け入れて、共にいてくださる平和です。神さまが愛する神の子として私たちを抱きしめて背負ってくださっている平和です。この与えられている平和を分かち合うのが教会であり、礼拝なのです。

 この平和が私たちを支え、新しい命となって現れていきます。アッシジのフランチェスコの祈りのように、この平和を携えていく時、自分が与えられた神の愛と赦し、一致、信頼、真理、希望、光をもたらし、人を慰め、理解し、愛する者に変えられていきます。それが私たちに起こるのです。復活されたイエス様は今も、聖霊の働きによって、闇を光へ、死を命へと変えていくためにこの世界と私たちに生きて働いておられます。この神の平和を携えて、希望をもって、主の平和をもたらす器とされて、この主の働きに仕えていきたいのです。