東京主僕教会の最近の説教など

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2018年8月12日礼拝説教要約

「善と悪を判断できる知恵と心」列王記上3:4-15

 

 「平和」という意味のある名前であるソロモンは三代目の統一王国の王でした。けれども、平和に順調に生まれ育ち、人々から歓迎されて王になったのではありません。むしろ、政治の権謀術数が渦巻いている中で生き抜いてきたのがソロモンです。ソロモンの誕生と権力への道は平和というよりも血にまみれ、権謀術数がうず巻いていた現実を生きてきたのです。

  それは私たちと同様、どろどろした人間の欲の争いの中に生きていたのです。それが2章までのソロモンです。

 けれども、第3章に語られているソロモンの姿は違うのです。主なる神を愛し、焼き尽くす献げ物をささげて礼拝をしています。そしてその夜、神が彼の夢枕に現れ、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われると、「わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう」と答えたのです。

 普通なら、自分が王として長生きすることや豊かな財産を得ることや敵に勝利して王座を守ることを願い求めてもおかしくありません。しかし、王として、人々の訴えを聞き分け、正しい裁きを行うこと、王としての大事な務めを謙遜に果たすために、それを正しく適切に果たすために必要な知恵を求めたのです。「聞き分ける心」とは「聞いていく心」を表す言葉です。神に心を向け、神に心を開き、神に聞いていくこと。そこから真の知恵が生まれます。このような知恵をソロモンは願い求めたのです。神様はその願いを喜び、その知恵だけでなく、栄光と富と長寿をも与えると約束されたのです。「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」の主イエスの声が響いてきます。

 食うか食われるかの社会の現実の中で、自らの力の確立のために争い、権謀術数の限りを尽くしていくソロモン。神そして、自分の栄光よりも正しい裁きを行う知恵を願い求めるソロモン。どちらの同じ一人の人。人はこの両方の面を併せ持ち、矛盾を抱えている存在なのです。ソロモンは初めから信仰深い人ではなかったのです。しかし、王として立てられていくなかで、神さまに愛され、選ばれていることを知って、神さまに感謝し、神の前にどんなに取るに足りない存在なのかとへりくだり、神の大きな視点から、本当に求めるべきものを求める心を与えられていったのだのです。

 私たちもソロモンの言うように「取るに足らない者」、どのようにふるまうべきか分からない者です。しかし、神さまは私たちを愛し、選び、救い出し、私たちをご計画に用いて、御心を行ってくださいます。そのことに感謝することから、主の福音という本当に必要な知恵を与えられ、人生に託された務めを正しく果たすための知恵を祈り求め、与えられ、平和に生きる歩みが始まるのです。