東京主僕教会の最近一か月の説教など

礼拝に来ることができなかった方、教会に関心のある方のために牧師が作成しています。どうぞ、礼拝にも来てみてください。

2017年8月13日主日礼拝説教要約

「主の言葉が燃え上がる」エレミヤ20・7-9(13) 8月は戦争と平和について考えざるを得ません。どうして戦争が起こるのか。その一つは憎しみの連鎖、復讐の応酬によって争い、戦争が起きるということです。人間は復讐と仕返しを求める生き物なのです…

2017年8月13日主日礼拝説教

「主の言葉が燃え上がる」エレミヤ20・7-9(13) 先日の日曜日の8月6日は72年前、広島に原爆が落とされた日であり、11日は長崎に原爆が落とされた日でした。そして15日には終戦記念日を迎えます。そして今、戦争の危機的な状況に包まれていま…

2017年8月6日礼拝説教要約

「生ける水の源」エレミヤ2・4-13 13節の「こわれた水溜めを掘っている」という言葉は場所や時代をこえて、人生の歩み、生き方を見つめ直す視点を与えてきました。今、こわれた水溜めを掘っているように生きていないか、と。自分は、こわれた水溜めを掘…

2017年8月6日礼拝説教

「生ける水の源」エレミヤ2・4-13 私は3年程前から日本キリスト教会の出版局委員会に関わってきましたが、出版局が編集発行している『福音時報』ではこの2月から「み言葉に照らされて」というコーナーが始まりました。

2017年7月30日礼拝説教要約

「エレミヤの召命」エレミヤ1・1-10 エレミヤは神さまから人々に告げるようにと預かった言葉をそのまま人々に語っていく使命を与えられました。私たち一人一人誰一人例外なく神さまから使命を与えられて生かされています。 エレミヤがまず聞いた言葉は…

2017年7月30日礼拝説教

「エレミヤの召命」エレミヤ1・1-10 2017.7.30 今日の7月最後の礼拝から9月最初の創立記念礼拝までしばらくエレミヤ書の聖書のみ言葉から聞いていきます。今日の1章の始まりには預言者エレミヤの召命と呼ばれる出来事が記されています。召命とは神…

2017年7月23日礼拝説教要約

「麦と毒麦」マタイ13・24-30、36-43 先日、医師の日野原重明さんが105歳で召されたことが報道されました。希望をもつ、ビジョンをもつことが必要であり、希望によって生かされていくことをよく言われていたと思いますが、この日野原さんが心…

2017年7月23日礼拝説教

「麦と毒麦」マタイ13・24-30、36-43 先日、皆さんもご存知のことだと思いますが、医師の日野原重明さんが105歳で召されたことが報道されていました。日野原さんはよど号ハイジャック事件に遭遇した後、これからの人生は与えられたもの、残り…

2017年7月17日主日礼拝説教要約

「種を撒き続ける神」マタイ13・1-9、18-23 突然起こった九州北部の豪雨は大きな被害をもたらしました。関係者の方によれば、「5年前にも豪雨があり、覚悟していたけれども、被害は予想以上だった」というコメントもありました。

2017年7月16日礼拝説教

「種を撒き続ける神」マタイ13・1-9、18-23 突然起こった九州北部の豪雨は大きな被害をもたらしました。この被害のために苦しんでいる人々のために祈っていきたいと思います。報道では、農業でも田んぼが川になるというように大きな被害がもたらさ…

2017年7月9日礼拝説教要約

「疲れた人はわたしのもとに来なさい」マタイ11・25-30 徳川家康は「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」という有名な言葉を残しました。人生は辛く、そもそも不自由にできているのだから耐え忍ぶことが必要だ、人生は修行である、という意…

2017年7月9日礼拝説教

「疲れた人はわたしのもとに来なさい」マタイ11・25-30 私は今日の午後3時30分から静岡市の駿河区にある静岡池田伝道所の礼拝説教に奉仕することになっています。礼拝が終わったらすぐに移動しなければなりません。静岡それも駿河という言葉で思い…

2017年7月2日礼拝説教要約

「神に愛されている者として」マタイ10・26-31 私たちは不安や恐れに囲まれて生きています。恐れのない人生はなく、不安のない人生はありません。イエス様から一人一人の生活の場へと送り出されている私たちには、クリスチャンであるからといって、恐…

2017年7月2日礼拝説教

「神に愛されている者として」マタイ10・26-31 マタイによる福音書の聖書のみ言葉には「恐れる」という言葉が繰り返しでてきます。私たちの人生には様々な恐れや不安があります。生活のこと、人間関係のこと、仕事のこと、体のこと、病気のこと、将来…

2017年6月25日礼拝説教要約

「約束を実現してくださる神」マタイ9・9-13 イエス様と徴税人マタイの出会いは本当に短く書かれています。なぜ徴税人という仕事をすぐに辞めて従っていくことができたのか。深い悩みがあったのかと思えます。けれどもその心の心理的な動きは何一つ書か…

2017年6月25日礼拝説教

「約束を実現してくださる神」マタイ9・9-13 先ほど読みましたマタイによる福音書の箇所に福音書の名前と同じ「マタイ」という徴税人が登場してきます。教会の歴史のなかで、2世紀以来、ここに出てくるマタイがこの福音書の著者であると言われてきまし…

2017年6月11日礼拝説教要約

「神にかたどって創造された」創世記1・26-31節 「我々自身は自分自身にとって神秘的である。我々は理性的であって非理性的であり、文明化されておりながら、野蛮である。親密な友情を結ぶことができると同時に、人を殺すほどの敵意を抱くこともある。…

2017年6月11日礼拝説教

「神にかたどって創造された」創世記1章26-31節 自分は何者なのか。人間は何者なのか。それは詩編8編にもその言葉がでてくるように、古くて新しい問いであり、誰もが悩む問いでもあります。考えれば考えるほどわからなくなる問いでもあります。「我々…

2017年6月4日聖霊降臨日礼拝説教要約

「生きた水の流れ」ヨハネ7・37-39 「渇いている人はだれでもわたしのところに来て飲みなさい」。好きな方も多いみ言葉です。しかし「渇いている人」とはどのような人なのでしょう。

2017年6月4日聖霊降臨日礼拝説教

「生きた水の流れ」ヨハネ7・37-39 ヨハネによる福音書の聖書のみ言葉には「渇いている人はだれでもわたしのところに来て飲みなさい」という印象深い言葉があります。聖書の聖句のなかでも好きな方も多いのではないでしょうか。しかし「渇いている人」…

2017年5月21日礼拝説教要約

「私たちはみなしごではない」ヨハネ14・15-21 私たちの人生には、自分に起こってくること、自分の身近に起こってくることで動揺し、心が不安に包まれることがあります。神はおられるのか。孤独を感じ、希望をもつことが難しく思えることがあるかもし…

2017年5月21日礼拝説教

「私たちはみなしごではない」ヨハネ14・15-21 今朝のヨハネによる福音書のみ言葉はイエス様が十字架の死を前にして、弟子たちに語る14章から16章までの決別説教、告別説教のはじめのほうにあたります。マタイやマルコ、ルカによる福音書には最後…

2017年5月14日礼拝説教要約

「私たちの道であるキリスト」ヨハネ14・1-14 今年の9月「アメイジング・ジャーニー-神の小屋より」という映画が上映されます。この映画の案内によれば、1月に映画化された遠藤周作の「沈黙」の問いへの答えとなる映画だと宣伝されています。

2017年5月14日礼拝説教

「わたしたちの道であるキリスト」ヨハネ14・1-14 2017.5.14 今朝読んでいただいた聖書のみ言葉は世界の教会の葬儀でもよく読まれるように、今混乱と不安の中で生きる人々に希望を与えてきた聖書のみ言葉です。「騒がせる」という言葉は池の中に石が…

2017年5月7日礼拝説教要約

「良い羊飼い」ヨハネ10・1-10 このヨハネによる福音書の10章は9章から始まる物語の締め括りです。イエス様によって目の見えなかった人が目を癒されて、イエス様のことを神のもとから来た救い主だと言ったのを、ファリサイ派の人々は受け入れられま…

2017年5月7日礼拝説教

「良い羊飼い」ヨハネ10・1-10 今朝の礼拝では教会の暦に従って、復活節のこの日曜日に読まれる聖書の箇所を読みました。この日の礼拝では復活されたイエス様が羊飼いのように私たちと共にいてくださり導いてくださることが覚えられています。

2017年4月30日主日礼拝説教要約

「復活の主の愛に生かされて」ヨハネ21・1-19 弟子たちはガリラヤへ行っても、復活された主に会えず、意気消沈し、とりあえず、かつてそれで長年生計をたててきた漁師としての自分の経験を活かし、一度は捨てたはずの網を手にして、出て行って、船に乗…

2017年4月30日礼拝説教

「復活の主の愛に生かされて」ヨハネ21・1-19 今朝のヨハネによる福音書は直前の箇所を見ると、それで終わってもよいかのように思えます。「20:31 しかし、これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、ま…

2017年4月23日礼拝説教要約

「わたしの主、わたしの神よ」ヨハネ20・19-31 上野の東京都美術館で行われていたブリューゲル「バベルの塔」展では、家庭用のこたつテーブルよりも小さなキャンパスにバベルの塔を描き、その周囲に当時の山、農園、家、海、港や船なども細かく描き配…

2017年4月23日礼拝説教

「わたしの主、わたしの神よ」ヨハネ20・19-31 先日、上野の東京都美術館で行われていたボイマンス美術館所蔵のブリューゲル「バベルの塔」展に行ってきました。創世記11章のバベルの塔の物語は、言語が一つであった人間が天と地を結び付け、天まで届…

2017年4月16日復活祭礼拝説教要約

「あの方は死者の中から復活された」マタイ28・1-10 イエス様が復活された出来事は本当だろうかと思えても不思議ではありません。しかし、この出来事が作り話ではないと思えるのは女性達が重要な証人となっているからです。

2017年4月16日 復活祭礼拝説教

「あの方は死者の中から復活された」マタイ28:1-10 今朝、世界の教会でイエス様が復活されたことをお祝いするイースターの礼拝が守られています。「急いで行って、弟子たちに告げなさい。あの方は死者の中から復活された」。この知らせが2000年の間、世界…

2017年4月2日礼拝説教要約

「神が涙を流される時」ヨハネ11・28-44 「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(25,26節)。葬儀を司式する時、

2017年4月2日礼拝説教

「神が涙を流される時」ヨハネ11・28-44 今朝の礼拝の招きの言葉の聖書の御言葉は、今日の聖書朗読で読んだ聖書の箇所の直前でイエス様が語られた御言葉です。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたし…

バイブル・アート・ギャラリー(5)

レンブラントの「放蕩息子の帰還」

バイブル・アート・ギャラリー(4)

グリューネヴァルトの「イーゼンハイム祭壇画」の磔刑

バイブル・アート・ギャラリー(3)

ピエロ・デッラ・フランチェスカ「キリストの復活」

バイブル・アート・ギャラリー(2)

レンブラントの「エマオのキリスト」

バイブル・アート・ギャラリー(1)

アブラハムへの三人の御使いの来訪を示す絵として知られていますが、ちょうど三位一体の神とのわたしたちの関係を表すものとして解釈され、いろいろなところで引用されたりしている絵です。

心に響く聖書の言葉(6)

(聖書引用は日本聖書協会発行 「新共同訳聖書」 によっています) ◆ヨハネによる福音書8章32節あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。

心に響く聖書の言葉(5)

(聖書引用は日本聖書協会発行 「新共同訳聖書」 によっています) ◆詩編55編23節 あなたの重荷を主にゆだねよ/主はあなたを支えてくださる。主は従う者を支え/とこしえに動揺しないように計らってくださる。

心に響く聖書の言葉(4)

(聖書引用は日本聖書協会発行 「新共同訳聖書」 によっています) ◆コリントの信徒への手紙一 10章13節あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせるこ…

心に響く聖書の言葉(3)

(聖書引用は日本聖書協会発行 「新共同訳聖書」 によっています) ◆詩編124編8節わたしたちの助けは/天地を造られた主の御名にある。

心に響く聖書の言葉(2)

(聖書引用は日本聖書協会発行 「新共同訳聖書」 によっています) ◆詩編62編3節神こそ、わたしの岩、わたしの救い、砦の塔。わたしは決して動揺しない。

心に響く聖書の言葉(1)

(聖書引用は日本聖書協会発行 「新共同訳聖書」 によっています) ◆コリントの信徒への手紙一13章13節 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。