東京主僕教会の最近一か月の説教など

礼拝に来ることができなかった方、教会に関心のある方のために牧師が作成しています。どうぞ、礼拝にも来てみてください。

2017年9月17日主日礼拝説教

「赦さない僕」マタイ18・21-35 先日、本屋さんを覗いてみると、2013年にドラマで「倍返し」というセリフを流行らせて大ブームとなった「半沢直樹」のシリーズの第四巻が発売されたことを知りました。今もこのドラマの人気にあることを思わせられ…

2017年9月10日主日礼拝説教要約

「小さな者を愛される神」マタイ18・10-14 讃美歌21の200番の「小さいひつじが」は日曜学校で昔から歌われてきた讃美歌ですが、よく覚えている方も多いと思います。子供の時、迷子になったり、独りぼっちになったことがあり、その時のことをよく…

2017年9月10日主日礼拝説教

「小さな者を愛される神」マタイ18・10-14 2017.9.10 今讃美歌21の200番「ちいさいひつじが」を歌いました。この歌を始めて歌った方もおられるかもしれません。歌ったことがあるという方もおられると思います。この讃美歌はもともと「こどもさんびか…

2017年9月3日創立60周年記念礼拝説教要約

「神の言葉の自由」エレミヤ36・22-32 東京主僕教会の1957年9月からの礼拝の60年の歴史は、聖書のみ言葉、神の言葉が今は召された会員の方々を含め、私たちを生かし、命を与え、働いてきた歴史である、ということができます。 今、1957年とは時代の状…

2017年9月3日創立60周年記念礼拝

「神の言葉の自由」エレミヤ36・22-30 東京主僕教会では、1957年9月、台東区の事務所を借りて礼拝が開始されました。この朝、教会は創立60周年の礼拝を迎えています。これまでの間、教会は木下牧師、森田牧師、白井牧師とともに、伝道所の開設、伝道…

2017年8月27日主日礼拝説教要約

「新しい契約の約束」エレミヤ31・31-34 イスラエルの人々の捕囚の出来事はイスラエルの歴史の中で最悪の出来事です。最大の失敗、最大の挫折、最大の試練、最も深い絶望の時でした。誰にでも失敗や挫折があります。

2017年8月27日主日礼拝説教要約

「新しい契約の約束」エレミヤ31・31-34 イスラエルの人々の捕囚の出来事はイスラエルの歴史の中で最悪の出来事です。最大の失敗、最大の挫折、最大の試練、最も深い絶望の時でした。誰にでも失敗や挫折があります。

2017年8月27日主日礼拝説教

「新しい契約の約束」エレミヤ31・31-34 2017.8.27 今日の聖書の箇所はエレミヤ書、また旧約聖書全体の中でも真骨頂、最も大事な箇所の一つと言われます。ここに「新しい契約」という言葉が出てくるからです。聖書の入門書では必ず新約聖書、旧約聖…

2017年8月20日礼拝説教要約

「あなたたちのための計画」エレミヤ29・10-14 捕囚の出来事は旧約聖書の歴史の中でかつてない程の最悪の出来事でした。家族や家を失い生き残った指導者達、長老、祭司、預言者たち、そして多くの主だった人々はバビロニアの首都バビロンへ連れ去られ…

2017年8月20日礼拝説教

「あなたたちのための計画」エレミヤ29・10-14 今歌っていただいた「勝利をのぞみ」、We shall overcomeという讃美歌は、人種差別の問題で平和のために闘ったマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の公民権運動でテーマソングのように使われ、

2017年8月13日主日礼拝説教要約

「主の言葉が燃え上がる」エレミヤ20・7-9(13) 8月は戦争と平和について考えざるを得ません。どうして戦争が起こるのか。その一つは憎しみの連鎖、復讐の応酬によって争い、戦争が起きるということです。人間は復讐と仕返しを求める生き物なのです…

2017年8月13日主日礼拝説教

「主の言葉が燃え上がる」エレミヤ20・7-9(13) 先日の日曜日の8月6日は72年前、広島に原爆が落とされた日であり、11日は長崎に原爆が落とされた日でした。そして15日には終戦記念日を迎えます。そして今、戦争の危機的な状況に包まれていま…

2017年8月6日礼拝説教要約

「生ける水の源」エレミヤ2・4-13 13節の「こわれた水溜めを掘っている」という言葉は場所や時代をこえて、人生の歩み、生き方を見つめ直す視点を与えてきました。今、こわれた水溜めを掘っているように生きていないか、と。自分は、こわれた水溜めを掘…

2017年8月6日礼拝説教

「生ける水の源」エレミヤ2・4-13 私は3年程前から日本キリスト教会の出版局委員会に関わってきましたが、出版局が編集発行している『福音時報』ではこの2月から「み言葉に照らされて」というコーナーが始まりました。

2017年7月30日礼拝説教要約

「エレミヤの召命」エレミヤ1・1-10 エレミヤは神さまから人々に告げるようにと預かった言葉をそのまま人々に語っていく使命を与えられました。私たち一人一人誰一人例外なく神さまから使命を与えられて生かされています。 エレミヤがまず聞いた言葉は…

2017年7月30日礼拝説教

「エレミヤの召命」エレミヤ1・1-10 2017.7.30 今日の7月最後の礼拝から9月最初の創立記念礼拝までしばらくエレミヤ書の聖書のみ言葉から聞いていきます。今日の1章の始まりには預言者エレミヤの召命と呼ばれる出来事が記されています。召命とは神…

2017年7月23日礼拝説教要約

「麦と毒麦」マタイ13・24-30、36-43 先日、医師の日野原重明さんが105歳で召されたことが報道されました。希望をもつ、ビジョンをもつことが必要であり、希望によって生かされていくことをよく言われていたと思いますが、この日野原さんが心…

2017年7月23日礼拝説教

「麦と毒麦」マタイ13・24-30、36-43 先日、皆さんもご存知のことだと思いますが、医師の日野原重明さんが105歳で召されたことが報道されていました。日野原さんはよど号ハイジャック事件に遭遇した後、これからの人生は与えられたもの、残り…

2017年7月17日主日礼拝説教要約

「種を撒き続ける神」マタイ13・1-9、18-23 突然起こった九州北部の豪雨は大きな被害をもたらしました。関係者の方によれば、「5年前にも豪雨があり、覚悟していたけれども、被害は予想以上だった」というコメントもありました。

2017年7月16日礼拝説教

「種を撒き続ける神」マタイ13・1-9、18-23 突然起こった九州北部の豪雨は大きな被害をもたらしました。この被害のために苦しんでいる人々のために祈っていきたいと思います。報道では、農業でも田んぼが川になるというように大きな被害がもたらさ…

2017年7月9日礼拝説教要約

「疲れた人はわたしのもとに来なさい」マタイ11・25-30 徳川家康は「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」という有名な言葉を残しました。人生は辛く、そもそも不自由にできているのだから耐え忍ぶことが必要だ、人生は修行である、という意…

2017年7月9日礼拝説教

「疲れた人はわたしのもとに来なさい」マタイ11・25-30 私は今日の午後3時30分から静岡市の駿河区にある静岡池田伝道所の礼拝説教に奉仕することになっています。礼拝が終わったらすぐに移動しなければなりません。静岡それも駿河という言葉で思い…

2017年7月2日礼拝説教要約

「神に愛されている者として」マタイ10・26-31 私たちは不安や恐れに囲まれて生きています。恐れのない人生はなく、不安のない人生はありません。イエス様から一人一人の生活の場へと送り出されている私たちには、クリスチャンであるからといって、恐…

2017年7月2日礼拝説教

「神に愛されている者として」マタイ10・26-31 マタイによる福音書の聖書のみ言葉には「恐れる」という言葉が繰り返しでてきます。私たちの人生には様々な恐れや不安があります。生活のこと、人間関係のこと、仕事のこと、体のこと、病気のこと、将来…

2017年6月25日礼拝説教要約

「約束を実現してくださる神」マタイ9・9-13 イエス様と徴税人マタイの出会いは本当に短く書かれています。なぜ徴税人という仕事をすぐに辞めて従っていくことができたのか。深い悩みがあったのかと思えます。けれどもその心の心理的な動きは何一つ書か…

2017年6月25日礼拝説教

「約束を実現してくださる神」マタイ9・9-13 先ほど読みましたマタイによる福音書の箇所に福音書の名前と同じ「マタイ」という徴税人が登場してきます。教会の歴史のなかで、2世紀以来、ここに出てくるマタイがこの福音書の著者であると言われてきまし…

2017年6月11日礼拝説教要約

「神にかたどって創造された」創世記1・26-31節 「我々自身は自分自身にとって神秘的である。我々は理性的であって非理性的であり、文明化されておりながら、野蛮である。親密な友情を結ぶことができると同時に、人を殺すほどの敵意を抱くこともある。…

2017年6月11日礼拝説教

「神にかたどって創造された」創世記1章26-31節 自分は何者なのか。人間は何者なのか。それは詩編8編にもその言葉がでてくるように、古くて新しい問いであり、誰もが悩む問いでもあります。考えれば考えるほどわからなくなる問いでもあります。「我々…

2017年6月4日聖霊降臨日礼拝説教要約

「生きた水の流れ」ヨハネ7・37-39 「渇いている人はだれでもわたしのところに来て飲みなさい」。好きな方も多いみ言葉です。しかし「渇いている人」とはどのような人なのでしょう。

2017年6月4日聖霊降臨日礼拝説教

「生きた水の流れ」ヨハネ7・37-39 ヨハネによる福音書の聖書のみ言葉には「渇いている人はだれでもわたしのところに来て飲みなさい」という印象深い言葉があります。聖書の聖句のなかでも好きな方も多いのではないでしょうか。しかし「渇いている人」…